2014年3月30日日曜日

さくら


22年前のGWが明けた日、新大阪駅に博多からやってきました。

新幹線から見た朝日を今も覚えています。

災害の無い綺麗な街『神戸』に着任せよと言われ送り出されました。

バブル経済の香りしか残っていない時代に社会人生活が始まりました。


その三年後、阪神淡路大震災に遭い住む所を失いました。

綺麗な神戸の街が一瞬で無くなりました。

あと15分違えば、僕は横倒しになった高速道路の上でした。


ボーナス全額を入れた財布をホワイトクリスマスに落とした事もありました。

遠距離恋愛中は、給与の8割を帰省と電話に使っていました。

加古川のテトラポットに落ちて何が何だか分からなくなった事もあります。

その頃は、バスは冬眠すると教えられていました。

携帯も無く、ただただ音が鳴るだけのポケベルに怯えていました。

今日、商品が届かなければ覚悟しろ、神戸から追い出したると言われた事もあります。

でもその人達は、僕に基本を教えて下さった恩師とも言える方々です。

そんな人々と出会えた新人時代でした。


人の死と背中合わせに生きた頃もあります。

この6年間は、心休まる事がありませんでした。

バス釣りも全く出来ませんでした。

突然、何も言わずバス釣りから離れてしまい、ご迷惑を掛けてしまった知人もいます。

事の結末は、自分の弱さを醜さを痛感させられました。


そして、ふとバス釣りを再開しました。

今回はホンキで挑もうと。

お金持ちしかできないと教えられていた琵琶湖で挑戦しようと。


でも、大切な人が次々に居なくなったのもこの頃でした。

『くやしい』と言って去っていった後輩もいました。

全てが大きく変わった頃でした。

自分自身大きく成長した頃だと思います。

本当の覚悟を知った時でもあります。

ロッドマンプロメンバーと知り合ったのもここら辺です。

家庭を持つ事をあきらめようと、2シーターのZを購入したり。

車はZで、琵琶湖のチャプターにレンタルボートで参戦していました。


マリーナリブレの河畑プロ、三村プロと出会いました。

彼らが僕のバス釣りを根底から変えて下さった方々で大親友です。

僕は、バス釣りが大好きなだけで上手くも強くもありませんが、バス釣りとは、トーナメントとは、上手くなりたい、トーナメント入賞の盾が欲しい、バスを知りたいのなら是非ともお二人のガイドに行ってみて下さい。

デッカイバスを仕留めるガイドを経験するのも爽快ですが、ずっと続けていくのなら早い内にお二人から学んでみて下さい。

プロとなり、チーム戦で嗚咽するほどの緊張を味わい、結果、年間優勝した時は、ほとんど貢献していないにも関わらずメチャクチャうれしかった。

プロ戦で3位入賞の時は、何をしゃべったか覚えていないぐらい緊張していました。

クラッシック決勝出場、バスプロ選手権での2度の入賞、これら全ての原点は、河畑、三村プロとの出会いです。

これからは、遠賀川で俺だけの魚を探します。


憧れさえあった京都チャプターで、真夏『踊る跳ねバラ』ロッド一本で優勝した事は一生忘れません。

実は、この2ケ月前に大切な先輩を亡くしてしまいました。

頼りない先輩でしたが、何も聞かず僕の全てを応援してくれた大切な人でした。

バス釣りなんか全く分らないくせに、いつも頑張れ頑張れと応援してくれていました。


トーナメントを通じて、色々な方々と出会いました。

その出会いの全てがとても素敵で楽しい思い出です。

感謝の気持ちでいっぱいです。

今、大阪で最後の夜を過ごしています。

22年間を振り返りながらブログを書いています。

書くつもりなかったのですが。。。すでに何が言いたいか分らなくなっています。

このまま書き綴ると朝になりそうなのでそろそろ。


22年前 槇原敬之の『遠く遠く』を友人に送られました。

22年後 森山直太朗の『さくら』を友人に送ってもらいました。

ちなみに、歌を送ってくれた22年前の友人は女性でしたが、22年後は男性です。。。

明日、偶然にも新幹線『さくら』で博多に戻ります。

皆さま、ホントにありがとうございました。お元気で。『風が吹いたらまた会いましょう』